2019年の夏、フリーになっていた私に一本の電話が鳴った。
「君と働いていたJoan監督が香港に行くと聞いたんだが、君はどうするの?バルセロナに残るの?」
1年前に所属していたクラブC.E.Europaの関係者からで、しばらく会っていなかった為、iPhoneに表示された名前を見て少々驚いた。
「分析部門の席が空くんだけど、もしよかったらまたうちに来ないか?来るなら、私から監督に話すよ。」
この電話のおかげで出会った監督が、現在もEuropaの指揮をとるDavid Vilajoanaだ。スペインでも最も有名な弁護士会に所属する、やり手の弁護士である。ちなみに彼の兄弟はF.C.バルセロナB、femeninoの責任者を務め、現在はバルサの会長選に立候補中である。(当選すればDavidは幹部に入るだろうと公言した)
このDavidには2人の主要なスタッフがいて、常に3人で議論している。
その議論はいつもかなり白熱していて、めちゃくちゃに言い合っている。日本人の私からすれば、議論というよりはケンカにも見えるほどだ。いや、ケンカである。
ところが、話が終わった途端にころっと雰囲気が変わり、その後言い合うことは全くなくなるのは、チームの在り方として参考にすべき点だと思っている。
ところで、このチームに合流した最初の頃、第二監督にこう聞かれたことがある。
「君はサッカーの分析を知っているんだよね?」
この質問の仕方には違和感を覚えた。”私はサッカーの分析を知っている”と言うからには、”私はサッカーを知っている”と言えなければならないだろう。サッカーの捉え方は文化や地域でも千差万別であり、”サッカーとは何か”というテーマには世界中が挑み続けている。
「それはカタルーニャサッカー協会が薦めている分析を知ってるかってこと?」
そう聞き返した。
当然、彼らの考えるサッカーとJoanのそれに関してだって同じではない。
前者はより具体的なコンセプトを持ち、特にビルドアップとプレッシングのやり方において明確なアイデアで戦術を組み立てる。後者はもっとエコロジカルな傾向のあるトレーニングをしていたので、私にとってはどちらも大きな学びとなった。
Davidたちのビルドアップとプレッシングは、ほとんどパズルだ。つまり彼らがパズルを組み立てやすいような相手チームの情報を提供するのが、私の役目のひとつとなる。
そして、攻撃時の前進とフィニッシュのやり方において彼らが要求するものは、パズルというよりはコンセプトになる。選手たちが3つのコンセプトを駆使しながら、相手のウィークポイントをついていくのが理想的だ。しかし、守備時には相手のストロングポイントを活かさせないようにする必要があるので、それに対応できるようにも攻撃を設定しなければならない。
ここでも彼らのコンセプトや普段の言動、トレーニングの仕方などを観察しながら、伝わりやすいようにポイントを絞って対戦相手のプレー映像を作成していった。
そして翌2020年、COVID-19によるロックダウン、リーグ戦中断となるまでの成績で、我々は3位という順位に加え、リーグ最多得点、得失点差2位という結果を残すことができた。その他のプレーオフ進出3チームとの予算に差があると言われる我々としては、悪くない出来である。
同じように2部Aとのプレーオフを控えたF.C.バルセロナBとのトレーニングマッチへ向かう車の中、第二監督は私にこう言った。
「実際、君は本当にいい仕事をしているよ」
最初の質問に行動で答えたいと思っていた私は安心した。そして第一監督のDavidは、次のシーズンもチームに残れるかどうかを聞いてくれた。
認めてもらえているとわかると、さらに期待に応えようと思うのが人間である。
リベンジの今シーズンは、フィゲラス時代に培った試合中分析の方法を応用し、ハーフタイムにフィードバックできるよう工夫した。当然それだけが理由ではないのだが、今季の試合はどれも、後半により良い試合を見せている。これを執筆している第15節時点では1位と、去年よりも順調だ。毎年のチームの成績とともに、この4年間で自分なりに進歩できたことを感じているが、なんとか昇格できるよう、さらに進歩していきたい。
しかし同時に、世界のフットボールがすごいスピードで進歩していることも感じている。
トップクラブでは当然のように選手のプレーが記録され、新しいデータの使われ方も進んでいる。今後サッカーはどうなっていくのか。最近はよく、未来のサッカーについて考えている。
そこで次回は、サッカーにおけるデータとテクノロジーについて考察してみたい。