サルバドール・ダリという人物をご存知だろうか。
シュルレアリスムを代表する芸術家、と言えば読み飛ばしたくなるが、あのチュッパチャプスのロゴをデザインした人、と言えば親近感はわきやすいと思う。
彼が生まれた街フィゲラスに、かつてスペイン2部リーグを戦っていたクラブがある。
そのUnió Esportiva Figueresのクラブ創立100周年という記念すべき18/19シーズン、監督として白羽の矢が立てられたのが、Joan監督だった。
実はそのチームには、数年前から在籍しているUEFA PROライセンス保持者がいて、既に彼が分析の役割をしているとのことだったが、それでもJoanは声をかけてくれた。
「これで試合中にダイレクトに映像編集ができるぞ」
トップクラブにも導入されている分析専用ソフトを使っていた彼は、この日本人の助手を喜んで迎えてくれた。試合を撮影しながら映像を切り取っていく作業はひとりでもできなくはないが、チームでやればより集中して見落としなくできる。
それに加えて、私自身もテクノロジーに興味がある方だったので、その映像をそのままベンチのタブレットへ届ける方法を提案し、無線ルーターなどを使って環境を構築した。実際はこれも専用ソフトがなくてもできるが、使えばはるかに簡単に実行可能になる。
「さすが日本人だな!」
スペイン人の日本人に対する印象は概ね良く、ここでも日本人フィルターは役に立った。積極的にいろいろと提案したり、彼のMacbookのハードディスクを交換してあげたりして、すぐに打ち解けた。
2人でする試合中分析も最初は手探り状態だったが、とにかくやってみるというのはとても大切で、少しずつ問題点や改善策が見えてきた。
また、何の情報をどれだけ伝えれば戦術的判断に役立つか、がだんだん絞れるようになってもきた。
情報の内容については当然監督の傾向によるが、ポイントを絞らなければ試合中に全てを精査する時間はない、というのは全監督共通だろう。
この時ベンチへ送る映像は、
①ビルドアップやプレスなど特定のアクションシーンを前もって決めて送る方法
②送る側がその試合における問題点を特定して選ぶ方法
③問題が起きた場面はすべて送り、ベンチにいるスタッフがそこから選別する方法
などが考えられるだろうか。
①は既に選択されているものを送る、②は選択して送る、③は送って選択する、と言い換えることができる。
いずれにしても、ベンチ側がその情報を通して戦術的解決につなげる、というのが最終的な目的となり、スタッフの連携が重要になってくる。
また、試合中に映像編集できるようになるもう一つの大きなメリットは、ハーフタイムに話す修正点を、実際のプレーを見せながら伝えられることだ。
言葉やマグネットボードで伝えるよりもはるかに説得力があるし、具体的にイメージができる。
またそれに加え、特定の選手に映像を見せる場合でもみんなが集まってきて食い入るように画面に見入り、この場面はああだ、ここが問題だ、と議論が始まる。選手たちも試合中に改善策を探りながらプレーしているのだ。
ここで選ぶべきプレー場面だが、”最も危険だった場面”や”失点した場面”、ではなく、”繰り返し同じ問題が起きている場面”の方がいい。
45分間もプレーすれば、ピンポイントでの判断や実行のエラーは何かしら起きる。それが極力起きないようにコーチングすることはもちろん大事だが、ハーフタイム中に修正すべきなのは戦術的な問題の方だろう。それ以外で大きな問題が起きているとすれば、おそらく試合以前の準備が原因である。ここでも多くのことを学んだ。
「監督やコーチはやらないの?」
UEFA PROを持ち、経験も豊富な彼に聞いたことがある。
「前の同僚がニューヨークシティで分析をすることになって、話を聞いたら俺もそれが好きだと思ったんだ。監督には興味ないね。」
気持ちはわかると思った。自分がカフェを奢ったことも忘れるほど気前のいいこのアンダルシア人分析官との仕事はこのシーズンだけで終わったが、今でもたまに連絡をとる。
そして次のシーズン、Joan監督は香港リーグで単身働くことになった。目的は2部リーグ下位チームを予算そのままメンバーほぼ維持で1部リーグにあげること。(彼はそのミッションを1シーズン目で達成した)
監督とともに2年間働けたのは幸運だったが、この先はどうしようか?
そう考え試行錯誤していたそのシーズンオフ、思いがけない1本の電話とともに、翌シーズンの行き先が決まることとなる。